対談

2010.08.17

松久保 伽秀さん法相宗 大本山 薬師寺執事

第2回 人生がうまくいかない苦悩の原因
貪る心を持たない

潮田
豊かな社会に生きる私たちですが、人生がうまくいかないといった苦悩を抱えている人は、とても多いと思います。その原因はどこにあるのでしょうか。
松久保
仏教では、生きる意欲は認めていますが、貪ることは認めていません。その代表例は、お金でしょう。貝殻から始まったお金は、人々の欲によって、いまや、実体が無いというか、かげろうのような感じがします。
潮田
人は、果てなく所有していく欲を持ってしまいがちですね。それは、お金、物に向けられ「もっと、もっと」と手を伸ばします。しかし、それではいつまでたっても充足感を得るには至らず、常に欠乏感に悩まされ、「自分らしく生きる」という手応えもありません。その執着は、人を幸福から遠ざけると感じます。
松久保 
お金は、巡りものです。強い所有欲を持ってしまうと、巡らなくなってしいます。
私は、ありとあらゆるものに生かされている、と思えば、お金や物も巡るようになるはずです。それは、人の喜びを自分の喜びとする、という、仏教で言うところの「隋喜」(ずいき)の心を生みます。
先日、中国で起きた地震の義援金箱が置いてあるスーパーに寄ったので、私は少しでしたが、そこにお金を入れました。その箱には、設置から1週間経っても、わずか2千円ほどしか入っていなかったそうです。お金は巡りものですから、そのスーパーの規模を考えたら、もうちょっと入っていてもいいのではないか、と寂しい気持ちになりました。
潮田
まだまだ経済が上向いている実感が無く、疲弊感が私たちを支配しているのは確かですが、だからこそ、自分から気持ちよくお金を手放すことが必要だと思います。そうすれば気持ちよくお金が入ってきます。
日本人は、積極的な寄付をしないと聞きました。アメリカでは、巨万の富を得た方々は、どんどん寄付していますよね。まさしくそれはお金が勢いよく巡っている状況で、その方々はその流れの中にいて、隋喜と生き甲斐をどんどん得られているのでしょうね。
松久保 
私たちの行き過ぎた所有欲は、実に厄介です。黄砂が海を越えてやってくると、文句の一つも言いたくなりますが、その原因は、私たちが必要以上にカシミヤのセーターを欲することにあります。カシミヤセーターのためのヤギを飼う場所の確保のために途上国の森林伐採が進んでいる、という現実があります。
途上国の不幸は、やがて、我が身にふりかかってきます。私たちは、一人では生きている訳ではなく、全世界の人々と共に生きている、そして生かされている、という視点が無ければならないと思います。
潮田
人生がうまくいくコツは、貪る心をおとなしくさせること、そして人の喜びを自分の喜びとする隋喜の心を持つことですね。

人生の目標を持てない現代人へ

潮田
豊かで自由な生き方を選択できる世の中に生きる私たちですが、それゆえに人生の目標が見つからず苦悩している人は、ほんとうに大勢いると思います。そういった方々へのアドバイスをお願いします。
松久保
人生の目標は、一生をかけてくまなく探すものだと思います。それは、自分の居場所を自身で作っていくことで、人にお膳立てしてもらうものではないでしょう。仕事も、結婚も自分で作ることが必要です。
潮田
職場の不満、結婚への不安など、私は日々の仕事を通して、よく聞いています。そこで、自らが居心地のよい職場環境を作っていくこと、結婚も不安を解消するように自らが動くことを提案しています。それは、子どもの頃は環境に育てられますが、大人になったら自分の環境は自らが形成していくということだと思います。そこに、大人である私たちの生き甲斐が生まれるとも感じます。
松久保
仏教には、「少欲知足」(しょうよくちそく)という教えがあります。それは、小さな欲で暮らしつつ、自分の足りているところを知る、という意味です。
人は、常に、自分の足りていないところに注目してしまいがちです。しかし、そうではなく満ち足りているところに目を向けると、いたずらに悲嘆にくれる、ということはありません。
潮田
積み上げていく幸福ですね。「一日一善」も意識するといいかもしれませんね。一日、一日、足りていることが増えていくわけですから、幸福も積み上がっていきますね。少欲なら達成可能なものが多いですしね。
先のことが不安になったら、とりあえず目の前にある、やらなければならないことに集中する、ということも苦悩の渦から解放される良い方法だと思います。

悩める女性へのアドバイス

潮田
松久保さんは、人生相談を受けられる機会も多いと思いますが、そのご経験の中で、何か女性へのアドバイスはありますか。
松久保
女性からの相談を受けると、よく「私だけ」、「自分だけ」というフレーズを耳にします。
それは、私だけが不幸だ、自分だけがこんな痛い目に遭った、ということなのですが、冷静に周囲を見渡すと、自分と同じような経験をしている人は、実は案外多かったりします。
中には、それを口から発することで、ストレス解消して気分が晴れる方もありますが、その言葉に執着している限り、人はなかなか幸せにはなれないでしょう。
般若心経の精神を平たく言うと、「かたよらない心」、「こだわらない心」、「とらわれない心」の3つになります。
潮田
その3つの言葉、いいですね。紙に書いて壁に貼って、「私だけ、なんで不幸なんだ」と思ったら、その紙を見て、その言葉を口にすると、その執着は消えていく感じがしますね。
早速、私もやってみます。

文・構成 潮田圭子